呉石流とは

文化書道呉石流は遠く遡ると、
中国・王羲之の遺した筆法、筆蹟や古碑法帖に。

文化書道の手本は、西脇呉石(にしわきごせき)の作品です。呉石先生は江戸後期の三筆の一人である巻菱湖(まきりょうこ)の端正流麗な書法を、師・村田海石(むらたかいせき)より受け継ぎ、また日本中国を何度も往来して一家をなした日下部鳴鶴(くさかべめいかく)にも師事し、多くの書論を学びました。そして海石が貢献した書道教育に感銘して自身も東京府青山師範学校(東京学芸大学の前身校)教諭をつとめ、三十九歳の若さで「文部省国定教科書」書き方手本筆者にも推挙され、戦前の教育書道の第一人者となりました。
 
戦後、荒廃した日本復興のとき、呉石先生はいち早く教育書道の普及を目指し、代々木文化学園創始と共に「文化書道講座13巻」を起稿しました。講座を学んだ多くの方々がその書風を敬愛し、今なおたくさんの指導者や愛好家を生み育む「呉石流」となったのです。

にしわき ごせき 西脇呉石

本名 西脇 静
号  呉石

明治十二年、福井県勝山町生まれ。幼い頃より書を好み、明治の大書家・村田海石、日下部鳴鶴に師事。
 
大正六年、三十九歳で文部省書き方手本筆者に選任され、その整斉温雅な書風による教科書は広く全国の小学生に親しまれる。
この他にも一般習字用ならびに各種習字教科書手本として出版された著作は百種を超える。
また温容謹直な人柄も人々を魅了し、「呉石流」創始後も教育書道界に多数の門人を輩出するに至る。
昭和二十五年、文化書道学会会長に就任後は、「呉石流」の書道通信教育に尽力し、昭和四十二年には永年書道教育に尽力した功により勲四等瑞宝章を授与。
昭和四十五年逝去。享年九十二歳。

西脇呉石 年表

1879年

(明治12年)

3月8日生まれ

1895年

(明治28年)

福井県師範学校入学。

1899年

(明治32年)

書を村田海石に学ぶ。

1901年

(明治34年)

福井県立福井高等女学校
教諭となる。

1907年

(明治40年)

東京府青山師範学校
教諭となる。

1909年

(明治42年)

東京府立第三高等女学校
講師を兼任。

1912年

(明治45年)

日下部鳴鶴門下に入る。

1917年

(大正6年)

文部省より委嘱をうけ
国定書方手本を揮毫。

1932年

(昭和7年)

大倉高等商業学校
講師となる。

1939年

(昭和14年)

東京商科大学
講師となる。

1950年

(昭和25年)

文化書道学会会長就任。

1967年

(昭和42年)

勲四等瑞宝章を受章。

1970年

(昭和45年)

11月7日逝去。92歳没

文化書道手本 呉石先生作品

楷 書

行 書

草 書

仮 名

鑑 賞 用